車学退校を振り返る 

僕が先週の月曜に、半年以上在校していた車学をやめたのは以前書いたとおりだ。

そのことは昨日実家に帰ってきてから、家族にもはっきりと伝えた。

母親には「考えが甘すぎる」とよく考えもせず学校を決めて結局やめたことをとがめられたが、家族の援助を受けて入っていたわけでもなかったので、それ以外は特にしかられたりはしなかった。

だがその代わりに、長期休暇を利用して就活前までに免許を取るように促された。

やめると決意したときの僕は運転を嫌うあまり「もう二度と運転するものか」と思ったが、あれはあまりに非現実的な考え方だったといわざるを得ない。

なんせ僕の地元は(というか新潟全体にいえることだと思うが)普段から車が足当然でどこへ行くにも車、老若男女問わず18歳以上のほとんど誰もが(お年寄りでさえも)普通免許を持っている田舎。若いくせに免許を持っていないやつは異端扱いされてしまうほど、車への依存度は高い。おそらく公共交通機関が未発達で、雪のせいで自転車が使えないため冬場の移動手段が車に限られてしまうことが、この傾向に拍車をかけているのだろう。

車に乗る乗らないの自由はあるが、免許を取る取らないという選択肢は事実上存在していないのだ。

当時は冷静さを欠いていた。だからあんなことを思えたのだ。

冷静さを取り戻している今は、家族の反応を考えるととても「僕、免許は取らないから」なんてことを言う気にはなれない。言った後で恐ろしいことになるのは自明である。

だから家族にそのうち地元の車学に入りなおして、もう一回チャレンジしろといわれてたとき、僕はとりあえずうなずいておいた。そうするしかなかった。

車の運転は嫌だが、この地方に生まれここで生きていくことを選んでいる以上、もはや免許を取ることは不可避なのだ。この慣習には従わざるを得ない。僕にはそれに立ち向かうほどの力はないのだから。

そういうわけで来年の春休み、また僕は車学の門をくぐることになるだろう。なぜ今年の夏休みではないかというと、今夏は単位数の不足を補うために単位数制限(CAP制)外の単位である集中講義に出なくてはならないためだ。家でごろごろして引きこもっていた自分が恨めしい。

普通の人なら一ヶ月くらいでささっととってしまうのに、僕は7ヶ月以上かかってもとれずに、さらに場所を変えてもう一度のぞまなくてはならないという・・・我ながらアホらしいことをしていると思うよ。愚かしい限りだ。




さて、ここで僕が「もう二度と〜」と決心したときのことを振り返ってみたいと思う。

あのときの激情は今でもはっきりと覚えているのだが、運転後泣くほどにショックを受けたのは一体なぜだったのかということは、自分自身でもちょっと不思議というか謎な部分が多く、今まで何度もそれについて考えてきた。

だが今日になってようやく、これだろうと思えるような答えが導き出せた。

車の運転後に泣いてしまったのは、多分運転への恐怖というより、車に「自己否定」されたことによるショックが原因だったのだと思う。

僕は普段から自分をダメな奴だ、バカだと思っているものの、実際に外部からそういう烙印を押されるのにはまだ慣れていないらしい。自分は真剣に運転しているのに、思考も動作も要求に追いつかないから、車はうまく動いてくれない、当然OKのハンコはもらえない。それを車が自分の能力のなさを証明したように、車に自己否定されたように感じてしまい、車に乗ることをトラウマにしてしまったのだ。

自分で自分を分析してみるのも変な話だが、これだとしっくりくる。

このままもしもう一度車学に通い始めても、トラウマがそのままでは同じ結果になるのは明らか。だからまずは、自分の精神を強化しなくてはならない。少しくらいのことでは落ち込まないように。

そのためにはある程度自分に自信を持つことが大切だ。今の僕がささいなことで落ち込み、不安定になりやすいのは、自分のこころに自分を支えるよりどころがないからだろう。自信という大黒柱があれば、心が安易につぶれてしまうことはなくなるはずだ。

そういう意味で、勉強に励み単位をしっかりとって自分にもできることがあると思えるようになることは非常に重要なことだ。

ということで、今後一層勉強に専心したいと思う。今も図書館通いの毎日だが、資格取得などの具体的目標を設定することもモチベーションを高めるのに一役買うだろう。

それが僕の人生をオリジナリティのあるものにすることにもつながるはずだしね。

ICレコーダー ICR-RS950M 現在の状況 

以前「FM付ステレオデジタルボイスレコーダー ICR-RS950M」というつたないレビューを書いたが、現在僕がこれをどのように活用しているかちょっと書いてみる。

以前レビューを書いたときは、電波の入りが悪いのかアパートではFMラジオがよく聞こえないと述べているが、何故か今は普通に受信出来るようになって、たまにだがスピーカーとつなげて聴いたりしている。

MP3再生機能があるからこれで音楽を聴くことも出来るが、その機能においてはiPodが圧倒的に勝っており、あまり活用していない。が、僕の部屋にはラジオのチューナーがこれしかないので、ラジオとしてこれの存在は貴重なのである。

元来は付属のヘッドホンをアンテナとして使うようになっているのだが、ラジオ電波の受信ってのは結構柔軟性があるもので、スピーカーとつなげるステレオミニプラグのケーブルを適当な長さでピンと張って、それを様々な角度に動かしながらクリアな音がキャッチできる方向を探るというやりかたでも結構よく聞こえるものだ。

更にこれのいいところはラジオの録音が出来るところ。録音しながら現在受信しているものを聴くことも当然可能だ。ただし、普通に受信しているときの音と録音される音を比べると(録音音質を上げても)後者が若干劣るような気がする。まあこんな小さな機械でラジオを聞けるというだけでも十分ありがたいことだし、そこまでのハイレベルなものは僕は別に求めてはいないので特に不満を感じてはいない。

大学などの屋外でたまに聴くこともあるが、天気のいい日にラジオからクラシックが流れてきたりすると、とても心地よい気分になるので結構好きだったりする。ただラジオを使うと電池の消費も早くなるので若干注意は必要だ。普段は講義録音用として持ち歩いているので、ラジオで電池が切れてしまっては本来の用途が果たせなくなってしまうというものだ。

ということで、購入から半年以上たった今でもこのICレコーダーには満足を覚えているし、シンプルでコンパクトな外観にも全く飽きはきていない。でもまだ元を取ったというほど使い込んではいないので、今後はもっとバリバリ使い倒したいと思っている。

ICR-RS950M、改めてオススメしたい一品である。

ねんがんの DSLiteをてにいれたぞ! 

DSLite_01

昨日夕方、半額目当てでDVDを借りに行ったGEOでたまたま新品のDSLiteを発見。

その場で有り金をはたいて即購入に踏み切った。

本当はジェットブラックが一番欲しかったが、ホワイトもその次にいいなと思っていたので、色に不満は別にない。

今日開封して、液晶保護シールを例のごとく風呂場で貼ったり、久々にDSソフトをプレイしたりしてみたが、思ったのはやはりDSは楽しいということ。

Liteの高級感漂う本体やパッケージ、手触り、輝度が高く美しい液晶なんかも、僕の満足感をすごく高めてくれた。本当に買ってよかった。買えてよかった。

まあ、今それではまってるのは、3月に弟に借りて今日始めてプレイした、ファイアーエムブレム 聖魔の光石だったりするんだけどね。

そう、ファイアーエムブレムは初めてなんだけど、これはかなり面白い。向こう一週間勉強に手がつけられなくなるんじゃないかと心配なくらいだ。

ということで、また下火になりつつあったゲーム熱がここで一気に燃え上がった。しかもこれは当分衰えそうにもない。

あとは、ゲーマー仲間さえ出来れば、こんなにうれしいことはないんだが・・・。

まあ、高望みはしないほうが、幸せでいられるかもね。



PS.「ねんがんの〜をてにいれたぞ!」って、2chでたまに目にすることがあったけど、これってロマンシング・サガが元ネタ(〜はアイスソード)なんだって今日初めて知った。と同時に、ロマサガを強烈にプレイしたくなった。スワンカラーを持っているので、この際ワンダースワン版を買おうかどうか、現在検討中。

使用済みのテレカ 

昨日、用事があって家に電話したのだが、その際お金がもったいないと思って、ここ最近使ったことになかったものの財布に挟まっていたテレホンカードを使って、公衆電話からかけてみた。

電話に出たのは祖母。必然的に会話は長くなる。そしてちょうど話のキリのいいところで、テレカの度数が切れてピピーピピーと電話が音を立ててカードを吐き出したので、そこで話を切り上げて僕は電話を切った。

カードを引き抜いてから電話ボックスから出る。そこで僕は思った。

さてこれは困った。この度数の切れた使用済みテレカの処分についてどうしようか、と。

アパートに帰ってからネットで色々調べてみると、どうやら一枚1円くらいで引き取ってくれるところがあるらしいと分かった。

しかしそこに郵送するとしたら最低でも80円かかる。

どう考えても割に合わない。

しかも引き取ってくれるのは印刷面の絵柄にそれなりの価値があるものということで、僕のこの使い古して印刷のかすれたどこぞとも知れない山の写真が描かれたテレカには、とてもそんな価値があるとは思えない。

普段QUOカードや図書カードを使うときは、残額がなくなると店に引き取ってもらって処分していたが、テレカは店頭で使うわけではないからそういうわけにもいかない。というかもう度数が切れているし。

仕方なくゴミにするにしても、これは一体何ゴミとして出せばいいのやら。

テレカも公衆電話も衰退の一途をたどっているが、それでもこういった状況に対してもうちょっと情報を提供してもらいたいものだ、なんて思ってみたり。

とりあえずしばらくは机の引き出しにしまっておくことにする。

恐怖からの解放〜教習所退校〜 

12日の夜、昨年11月以来途絶えていた教習所(車学)の技能教習を、半年振りに受けた。

今まで嫌で嫌でしょうがなくてさけてきたのだが、いよいよ教習期限切れが迫ってきたため、仕方なく受けることにしたのだ。

だが、運転中は常にどこからかきた恐怖心に苛まれ、処理能力の低い僕の頭脳は、一つミスをするたび動転。この日はS字クランクの教習だったが、僕は外周のカーブでハンドルを切ることすらままならない状態で、ついには自分が何を考えているのかわからなくなってしまうほどに気が違えてしまった。

教官はきっとあきれていただろう。次回も同じのをやるようにと告げられたのを覚えている。

教習後、僕は帰りのバスの中で泣いてしまった。声を立てもせず、ただぽたぽたと涙を流して。

そして、もう二度と車の運転などするものかと決心した。

僕には適性がなかったのだろう。

普段から注意散漫なのは、自分でもよく分かっていることだ。

一つの作業にじっと取り組むは得意だが、様々な情報を瞬時に処理して即座に適切な行動をとる必要がある車の運転には、到底向いてはいない。

元々車に乗りたくは微塵もなかったが、乗る乗らないの問題ではなく、乗れないんだということを、僕はこの日はっきり意識した。

車を運転することで生じる悲劇は数あれど、乗れないことで生死が分かれるなんてことはまずありえないし、僕みたいな運転不適合者が恐怖に思考を支配されつつ運転したって、いいことなんて一つもないのは明らかだ。

クロスバイクがあれば移動には事足りる。環境重視の現代だ、もはや国民皆免許とかいう時代でもあるまい。

・・・・・・などなど、多少無理矢理な合理化も混じっていたが、色々考えて、僕は自分の判断に自信を持ったのだった。



<13日(日)>

翌日、僕はすぐに、車学の解約に動いた。

午前、印鑑や、万が一のための数万の現金、保険証などを携え、車学の受付へ。

「ここをやめたいんです。解約したいんですけど」

受付嬢はそれを聞いて「は?」といった表情を見せた。

が、すぐに何故かと尋ねてきたので僕は、

「もう運転したくないっていうか、いやになったんです」

と答えた。

MTかATかと聞かれて、

「ATです」

オートマで挫折するとか、何こいつ?と思われたに違いない、と僕は思った。

その後、カードを没収されたり、今まで教習を受けた分は返金できないなどと、淡々と説明されたりした。

極めて事務的。別に考え直したらどうかと説得されたりはしなかった。いや説得されても僕の意志は変わるわけはなかったんだけど、ちょっと拍子抜けって言うか。

僕一人がやめたところで大した損害もないんだろうから、まあ当然か。

僕は印鑑を手に完了するのはまだかまだかと思って待っていたが、担当者がいないから平日にまた来いと言われて、結局その日は手続きが完了せず、そこで退散することになった。

受付でのやり取りは、わずか10分ほどの出来事だった。


<14日(月)>

僕はさっさと蹴りをつけたかった。

だから授業の合間を縫って、わざわざ電車で25分、徒歩でさらに15分のところにある車学に、車学の送迎バスを使わずに出向いたのだった。

今回がここに来る最後なんだ。車学からやっと解放されるんだ。

そう思うと、鼓動が高まった。

そして意を決して受付へ。

「昨日解約に伺った○○ですが、担当の方はいらっしゃいますか?昨日は担当がいないから出直すように言われたのですが」

多少どもった。でも言いたいことは言えた。

解約というのは、退校のことでしょうか?担当とは具体的に?

逆に聞かれたが、担当といわれただけ、知らないなどと答えた。

ややあって住民票と、教習手帳が返された。半年以上前の住民票などメモ紙となる運命でしかなかったが、手帳は返して欲しかったので戻ってきたことを歓迎した。

僕はその後しばらくイスで待たされた。

自分の都合でやめようとしているのだ、そりゃあ冷遇されても仕方のないことである。

視線を一点に照射したまま硬直しつづけること数分。

領収書と書かれた紙と、お金が差し出された。

「17万5350円です。確認してください」

ほとんど返ってこないだろうと思っていただけに、返金額の大きさに、僕は表情を固めつつ驚いた。学科の第一段階を修了し、技能教習も7回うけていたのに、これほど返ってくるものなのか。

むしろ金を払ってでもいいからやめたいくらいの気持ちだったが、10数年分のお年玉貯金から自分で払ったお金だ。戻ってきて悪い気がするはずなどありえなかった。

9万ほどのお金と、何十時間かの時間を損失したが、車を運転することによる損失に比べれば比較にならないほど軽微なものだ、僕は思った。

現金を確認し、領収書にサインと印鑑を済ませると、

「手続きは以上です」

とか、言うのが聞こえた。それに続く言葉はなかった。

まさかありがとうございましたと言われるはずもないし、さようならと皮肉っぽいこというのもちょっと問題ありだから、何も言わなかったのか。

というか向こうもこんな状況なんて滅多にないだろうから、言葉につまってたに違いない。

「どうもご迷惑をおかけしました」

またしてもどもったが、僕は用意していたセリフを口にすると受付を後にして、そのまま外へ出た。

二度と訪れることのない車学の外へ。振り返ることなどなかった。あるはもずもなかった。

車学を出たときは、思わず「バーイ」と言いつつ指でサインを送る可笑しなことを車学に背を向けたまましてしまったが、それだけ解放された喜びは大きかったということだろう。

とにかく、ほっとしたという表現がふさわしい心境だった。

家族には次に家に帰ったときに自分の思いを伝えてみるつもりだが、地元はここ以上の田舎で、車のない生活を考えられないような人が圧倒的多数派なだけに、「一生運転しない」なんて言ったらぶん殴られるかもしれない。でも僕の意思はもう決して変わることはないのだ。

口達者ではないから、今から理論武装しておくとしようか。

冷たい恐怖 

怖かった
こころの底から怖かった
走ってる終わり頃になると、もう頭がパンクして自分が何考えてるかわからなくなった
終わって車の外に出たらそれまで何とか保ってたものが一気に決壊して、バスに乗り込んだときにはとうとうそれが目頭まで押し寄せた
ぽたりぽたりとただ静かに流れ落ちる涙
怖いよ
もうやだよ
もう絶対乗りたくない
一生乗りたくない
運転するくらいなら死んだ方がいい
いやだいやだいやだ!もう、絶対いや!
…全ての思考は車への恐怖と逃げ出したい気持ちに支配された
僕は自分が何故半年前に乗るのを放棄したか理解した
この恐怖を味わったのだ
どうやら僕の頭の中にはロムとしてそれがインプットされてしまっているらしい
明日やめよう
そしてもう二度と車のハンドルなど握るものか
僕はバスの中、決意した

2007年5月12日 夜
半年振りに教習所で車を運転した後で

NHKの受信料 

僕は昔からNHKの番組が好きで、家族の影響もあり大学に入るまではニュースといえばほとんどNHKニュースしか見たことがなかった(しかも毎日必ず朝晩の2回)。

NHKの番組はとても良質で、面白くてためにもなるし、何よりそのニュースは企業や団体からスポンサー料をもらって作られていて本当に中正か怪しい民法のニュースよりも、信頼性を置けると僕は思っている。

だから僕一人の世帯分の受信料も引っ越してすぐに払い始めたし、不祥事云々はあったけど今後も変わらず支払っていくつもりだ。

それゆえ不祥事の詳細もよく知らずに、ただ粋がり面白がって受信料の支払いを拒否している連中をたまに見かけると、その態度に苛立ちを覚えざるを得なかったりする。

さて、昨年末あたりだったかに家族割引の申請をしたことで今年度から2か月分の受信料が2690円から1800円に安くなったのだが、今日郵便局で通帳記入をしてきたら、何だかおかしな点があることに気づいた。

そこにはガス代などに混じってNHKの今年度一年分の受信料が引き落とされたことが書かれていたのだが、それが9570円だったのだ。

通帳と、昔からつけている収支帳を見てみると、昨年度支払った受信料の合計額は4回で10860円。

はて、家族割引は33%引きだと聞いていたが、そんなに安くなってないじゃないか・・・。

だが少し考えてみてその理由が分かった。一年分を支払った中からは、夏休みと春休みの長期不在期間4ヶ月分が引かれていなかったのだ。

家族割引の資料などが手元になく、ネットで調べても料金の詳しいところまでは見当たらないのでよくわからないのだが、一年分一括だとどうやら長期休暇分を差し引いてくれるような措置はとられないということらしい。

NHKのHPによると家族割引を適用する際には、申し込み時に学生証のコピーが必要らしいが、僕の記憶にはそんなものを送った覚えはないし、その申込書に長期休暇分の受信料を請求しないようにするというような項目があったかどうかもはっきりしない。

まあ実際に引き落とされた額を見る限り、家族割引はちゃんと適用されているのだが、もしかすると一年分一括ではなく、昨年度のように2ヶ月ごとの支払いにしていれば、休み分は請求が止められて、年間で1800円×4回(8ヶ月)=7200円の支払いになったのだろうか。

うーん、これはNHKに電話か何かで質問してみない限り本当のところは分かりそうにないな。そんな面倒なことをする気にはなれないけど。

でも今年は夏休みもほとんど実家には帰らない予定だし、昨年度も請求を止められていた2月中も半分はアパートにいてNHKを見ていたことを考えると、その分の穴埋めという意味でも、一年分支払うのは妥当なのことかもしれない。そもそもNHKの番組制作のために役立てられるなら、例え余分に払うことになったって僕には何ら問題ではないことだ。

とにかく、今年は生まれて初めて大河ドラマを全話見るつもりで一話から見続けていることもあるし、今後も積極的にNHKを見ていくことには変わりはないだろう。

弥彦山攻略 

もう5日前のことになりますが、先月の29日に、アパートから30kmほど離れたところにある弥彦山までクロスバイク(自転車)で行ってきました。

前から月に一回は少し遠くまで(往復70kmくらいの距離を)サイクリングしてみたいなと思っていて、それでその候補として弥彦山を考えてきたのですが、先月は忙しかったので月末になるともう無理かなと思っていました。

しかし29日は予定がキャンセルになって、しかも天気がよかったので突発的に「よし、行こう」と決めて、ろくな準備もなく飛び出したのでした。

そもそも行く先として弥彦山を選んだのは、有名だし、割と標高が低いので自分にも登れるかな、っと思ったからで、特に深い理由や目的もなく、下調べは大雑把にしかしていませんでした。

とりあえず国道402号線をずっと南下して、後は案内標識か何かを見ればどうにかなるだろうという軽い気持ちで飛び出したものの、まず山のふもとにたどり着くまでが大変でした。

最初のうちは海沿いの林の中の特に起伏もない道が続いたので特に苦もなく走れたのですが、途中から道が崖の上になり、トンネルを抜けたり、坂を上がったり下ったり、道が変化に富むようになり、僕の肉体にもだんだん負担がのしかかってくるようになりました。

ここで僕は自分の準備不足をいくつか思い知らされることになります。

まず、日焼け止めをしなかったこと。次にタオルを持ってこなかったこと。そして服装が運動に不向きだったこと(パーカーにジーパンでは暑くて動きにくかった)などです。

それに軍手を持ってこなかったことも失敗でした。途中でチェーンが外れてしまったのですが、その復旧を素手でやったために手が黒くなってしまって不快な思いをしたからです。幸いウェットティッシュで念入りに拭いたら大体きれいになりましたが、こういう手間も軍手があれば防げたことでした。

ただ道の下調べをきちんとしてこなかったことは、標識のおかげで特に問題とはならず、11時半前、出発から2時間弱で弥彦山のふもとに到着。

そこから山頂までは「弥彦山スカイライン」を南側から上ったのですが、ここからの一時間はそれまでの苦労をはるかにしのぐ大変な思いをしました。

正直に言って、僕は実際上るまで弥彦山を甘く見ていました。たかだか640メートルほどの山に過ぎない、と。

でも普段特に運動もしていない僕には、実際近づいてみるとその標高は思ってもみないほど高いハードルであり、上ってみると山頂は上空遥か彼方かのように感じられたわけです。

すいすい上っていく車を尻目に、修行僧のような気分で僕はひたすらペダルをこぎました。所々立ち止まりつつも、チャリを押して歩くことだけは絶対にするまいと思って、身体を叱咤し続けました。

そして山道を走ること1時間、僕はとうとう山頂(厳密には山頂より少し下の駐車場ですが、道があるのはそこまでなので・・・)に到着。なんともいえない、とても感無量な気持ちでした。

弥彦山R3_01

しかしこの日は夕方からまた予定が入っていました。

その前に銭湯に行きたいと思っていたので、ここで長々と感慨に浸っている余裕はなかったのです。

山頂の売店でコシヒカリアイスを堪能し、焼きそばで栄養補給を済ませると、僕はまもなく北側から下山し始めました。

上りは何度か休憩がてら立ち止まって景色を眺めたりもしたのですが、下りは物凄い速度が出て、ブレーキを使わないとすぐにメーターが40km/hをこえてしまうほどだったので、景色を見ている余裕もなくあっという間にふもとに到着。

カーブで曲がりきれるかひやひやしたりもしましたが、とてもスリル満点で、楽しい15分間でした。対向車がほとんどいなかったのも幸運だったかもしれません。

山から下りると、適当にもと来た方向へ走って、少し遠回りをしつつも1時間ほどでアパートへ帰還。

幸いまだ予定まで時間があったので、急いで着替えや荷物の入れ替えを済ませて、近くの銭湯に汗を洗い流しに行きました。

9時過ぎから午後2時半前まで、約5時間のサイクリングで走った距離は図らずもちょうど70km。4月の目標は無事に達成されました。

今月どこに行こうかは、今思案している最中です。