巻き込み事故 

一昨日、悲惨な事故が起きました。

走行中のチャリの後輪に巻き込まれ、体を砕かれ引きちぎられ無残な最期を遂げてしまうという不幸な事故です。

加害者は僕。そして不運な被害者は・・・

























kasa

僕の傘です。

手に持つのがめんどくさいなと思って、フレームに中途半端に引っ掛けてみたのが運のつきでした。

走り出して500メートルと進まないうちにずれ落ち、メキメキっという音に気づき振り返るともう手遅れになっていました。

どうやってこんなふうになったものかと思うほど、見事に円形に車輪に絡み付いていて、外すのにも一苦労しました。ただ不幸中の幸いといいますか、チャリのほうは壊れることなく無事でした。

この傘は先週買ったばかりで、まだ1回くらいしか使っていませんでした。もったいないというほかありません。

その亡骸をカゴに乗せアパートまで戻る僕の姿は、さぞかし周りの人の目に奇異なものとして映っていたことでしょう。

皆さんもチャリに傘を引っ掛けるときは十分お気をつけて、しっかりと固定されているかどうか確かめてください。

・・・僕はたぶんもう二度とチャリに取り付けようとはしないと思いますが。

逃避 

将来が不安だ。 死にたい。

レポートに何を書いたらいいのか分からない。 死にたい。

この世界は僕の単純な脳みそではやっていけないほど複雑だ。 死にたい。

そんな感じで、ここ数日過ごしている。

死ぬことばかり考えている。

自分の将来像について考える授業を取っていることが、気持ちの不安定化を招いたのかもしれないが、普通の授業でもテストへの恐怖に毎回おののいているから、もう実際今の精神状態が標準化してしまっている。

でもいざ死のうかと思うと、心のどこかからストップがかかる。そんなつまらない理由で死んでいいのか、何かまだ他の生き方があるはずだ、と。だからまだ辛うじて生きてはいる。



自分で考えて、自分で行動して、積極的に何かを知ろうと、得ようとする。

今の大学生にはそんな態度が求められていると思うのだが、これは僕にとっては非常に高いハードルだ。

そしてそのことが今、僕の首をぎりぎりと締め付けている。

僕は昔から適当な生き方をしてきた。

高校受験の時だって、本当は工業高校に行きたかったのに、親に反対されたためさして抵抗することもなく仕方なく進学校に進んだし、大学受験のときだって、周りからの強迫観念に負けて「大学で何をしたいのか」という本質を見誤り、「大学に受かること」だけを考えて、志望する大学や学部を選択してしまった。大学では変な意地を張って一人でいることを選んだものの、僕は一人で全てをこなしていけるほど強くはなかった。

自分の気持ちをはっきりと持つこと、それを周りに反対されても押し通すこと。

僕はそれをしてこなかった。何となく、どうにかなるような気でそのときそのときをやり過ごしてきた。

そのつけがこの惨憺たる有様だ。

愚かだ。途方もなく愚かだ。

僕は毎日散々悩んでいる。これからどうしていくべきかを。

でもそれを誰も理解してはくれない。家族さえも。

所詮僕は一人のダメ人間としか人の目には映らない。それがまた悲しい。


農業・製造業・清掃業・・・、そういう仕事について最近しばしば考える。

僕が求めているのは、やることは複雑だったり大変だったりしても、やるべきことがはっきりしている、手順や内容が明確に決まっている仕事。

自分の責任だけを負えばいい、自分に高いものを求められない仕事。

給料は安くても、安定している、変化のあまりない仕事。

これらの要素を兼ね揃えた仕事に、僕は魅かれる。そこから上記の3つの仕事が思い浮かんでいる。

独創性とか、スキルアップとか、そういうことばかりを考えなくてはいけないのは、もうつらいんだ。自分に何か期待をかけられるのも。

楽に生きたいとか、お金持ちになりたいとかいうことは微塵も思わない。

ただ心穏やかに生きたい。

同じことを延々と繰り返す。それでもいい。

変化がない。むしろそのほうが幸せだ。

もしかすると、これは現代社会が追い求めているものと相反する望みかもしれない。普通の大学生が考えることではないかもしれない。

でもこの自分の素直な気持ち、それに従おうと、それを信じようとしなければ、僕はこの世界に生きていこうという思いは持ち続けられないと思う。

僕は現代社会の主流には身を投じられない人間だ。だがそこから距離を置くことで、僕はやっと僕自身に価値を見出す可能性を手にすることが出来るような気がする。

それは逃げだと、逃げ出すのは弱い人間だと、そういうふうに考える人もいるかもしれない。

しかしそれは僕にとっては否定の意味は持たない。
  
僕が「この世界の中で」逃げるのならば、それはまだこの世界に希望を捨てていないということ。逃げてもまだこの世界に留まろうとすることは、自分を生かそうと思っているということでもあるのだから。

まずは自分の素直な気持ちをもっと強くはっきりと持つこと。

そしてその気持ちを生かして、どのように人の役に立てるかを考えること。

その先を見据えれば、まだ僕にも、この世界への執着が、希望が見出せる。きっと。

PC、封印へ 

4月に入ってからゼミに参加し始め、若干人付き合いが増えはしたものの、所詮生活に大きな変化はなく、依然として週の半分は誰とも会わず、土日は部屋に篭っているような状態が続いている。

まるで非リアを絵に描いたような、面白くもなければ新しいこともない毎日。その上、精神的にも無意識に独り言を発してしまっていたり、ちょっとしたことでテンションが乱高下したりして、非常に不安定。

そして、中だるみとでもいうのか、4・5月ころに比べて、図書館に行く頻度も低下し、勉強量も増えるどころか逆に少なくなっている。

かといって、ようやく手にしたDSLiteも結局ほとんど使っておらず、ゲームをしているというわけでもなし。マンガは元々あんまり読まないほうだし、部屋には20数冊あるといっても一度読んだら少なくとも一年は読み直さないので、それに時間を奪われているというわけでもない。DISCASからは月8枚しかDISCが届かないし、店でDVDをレンタルすることなんて月に1・2回だから、アニメなどの視聴に多くの時間を割いているわけでもなく、またテレビを頻繁に見ているわけでもない。

ではこの閉鎖的状況下において、僕は一体何をしているかというと・・・。

パソコンに向かってばかりいる。

やっていることといえば、ハンゲームの麻雀とか2ちゃんのような不毛なことばかり。それが何故かやめられないのだ。XoperationsOnlineというフリーのオンラインFPSにはまっていた去年の今頃にそっくりな、極めて危険な状況だ。

テストが一ヵ月半後に迫っている今、この状況は非常にまずい。

そういうわけで、僕は最終手段を取ることにした。

アパートのパソコンを隔離封印し、物理的に排除するという手段である。

具体的には実家に帰って、そこに置いてくることで、否が応にも使用を不可能にするという算段だ。

大学にもパソコンが置いてあるが、使用できる時間帯も、利用できる機能も私用のノートよりずっと限られているから、今後はレポート作成などの本当に必要な場合以外はパソコンを使うことはなくなるはずだ。

これが勉強のモチベーションとなるというわけではないが、PCに費やしていた時間がすっぽり空けば、少なくとも今よりは有意義なことに時間を使うようになるはず。

とにかく、現状を打破するためは、もうこの手段を取るしかないのだ。

実家へ帰るのは次の金曜になりそうだが、とりあえず今夜中にパソコンを専用バッグに格納しようと思っている。

自宅への封印が解かれるのは、前期のテストの終了後、8月初頭となる予定。

そのとき自分がどうなっているか・・・、全てはこれからの動向次第だ。

もしもシェンロンがいたら 

もしもシェンロンがいて、何でも願いをかなえてくれるというなら、僕はただ一つだけ望むことがある。

それは「目を良くして欲しい」ということだ。

僕は二重の意味で目が良くない。

一つは単純に、強度の近視で視力が弱いという意味。

もう一つは、飛蚊症で視界の一部が内なるノイズによって妨害されているという意味でだ。

前者は、根本的な解決ではないにしろ、メガネによって矯正できることだから、僕にとっては正直あまり大きな問題というわけではない。

それより深刻なのは後者のほうだ。

飛蚊症は眼球の中を満たす硝子体が、血液の混入などで混濁するのが原因。目の外側に何かつけて改善できる問題ではないし、自然治癒することなどまず考えられない。だから悩ましい。

別に視界の大部分を浮遊物が占めているとか、見えるゴミが赤いとか黒いとかいうわけではない(今のところはスケルトンだが輪郭ははっきり見える)し、部屋の明るさによっては見えないこともあるので、重度の飛蚊症患者の人からすれば、それで嫌だというなんて贅沢だという声も挙がるかもしれない。実際、普段生活するうえではほとんど無感情にノイズの存在を受け止められるようになってもいる。だが、僕には自分が見たいと思うものの、ありのままの姿が見れないこと、特に澄み渡った青空を、まっさらな青空を、干渉されることなくまじまじと眺めることがことがかなわないのが、残念でならないのだ。

だから僕は、他のどんなことよりも強く、「目を良くしたい」と願って止まないのである。

これはおよそ実現かなわぬものかと思ってもいたのだが、最近になって、この願いが若干の現実味を帯び始めた。

眼球に穴を開けて、混濁した硝子体を吸引し別のものを注入するという、僕が出来ないものかとずっと考えていた手術が実際に一部で行われているという記事を、先月あたりに新聞で目にしたのだ(ただしこれは飛蚊症の治療としてではなかったが)。

これは画期的なことだと、僕は興奮した。

が、いざよくよく考えてみると直接眼球に管を突っ込むなどというのは、今まで親指をカッターで切って数針縫うくらいの手術しか受けたことのない僕にとっては凄まじく恐ろしいものに感じられてならないわけで、また万が一網膜に傷が付いてしまったりしたらという・・・リスクのことも考えると、実際に受けたい気分にはなれなかった。

直接眼球に傷を付けずに済む方法としてはレーザー治療もあるらしいが、何分情報が少なくて得体が知れないし、医療先進国のアメリカでも二人しかやっていないらしいとなれば、とても信頼を置く気にはなれない。

ということでやっぱり、シェンロンが現れて欲しいなぁというところに帰結してしまわざるを得ない。現状ではどうにもできない、これが現実だ。

無駄に無駄を重ねて 

今日、講義を一日自主休講して、聖籠の免許センターまでチャリで行った。

目的は失効した原付の免許を再交付してもらうためだ。

もともと高2の夏に原付の免許を取っていたのだが、更新の時期だった昨年末は車学に在校していたから、「原付はこっちじゃ乗らないし、あとで車の免許を取ればいいや」と思って結局更新しなかった。それで故意に自然失効させたのだが、先月車学をやめたために、その考えは実現不可能となってしまい、もう一度原付の免許を復活させることにしたのだった。

原付とはいえ、免許証は免許証。乗ることはなくても身分証明書としての用途は広いし、持っているに越したことはない。

免許証は半年以内なら、視力検査などを受けるだけで割と簡単に再交付してもらうことが出来る。そこで免許センターまで行ってその手続きを行うことにしたのだ。

最初にそれを行動に移したのは、先月20日のことだった。

朝6時台に出発して、電車に乗り、新潟駅で免許センター行きのバスに乗り換えて行ったのだが、そこで思いがけない事態に遭遇した。休日は失効免許の再交付は受け付けていないといわれたのだ。

事前にネットで色々調べて、写真などの持ち物の準備はしていたものの、そこまでは知らなかった。やっていないものは仕方ないので、その日は何も出来ずに次のバスで帰ったのだが、往復の交通費1660円の無駄はかなり痛かった。それゆえ、次はチャリで来ようと決意したのだった。

それを決行したのが今日だった。

昨年と違い、平日はどの日も午前午後とも授業が入っていたので、いつ行くにしても何らかの講義を犠牲にしなくてはならなかった。休むのを最小にして1〜3限の3時間分を休むには、2・4・5限に講義が入っていて、しかも2限は出席を取らない月曜が最善の選択だった。

朝早く出発して午前中に手続きを済ませ、4限に間に合うように帰ってくるという計画だ。持ち物の準備は完璧。コースもマピオンで事前に調べてメモを取っておいた。

前日午後5時前というとんでもない時間に寝たため、今日は午前3時台に起床。しかしまだ早いと4時台に仮眠を取ったところうっかり寝すぎて、出発予定時刻を30分過ぎた6時半に起床。

一度は諦めかけたものの、来週が晴れるとは限らず、これ以上長引かせるのも嫌だったため行くと決めて、7時過ぎにようやく出発した。

かなり飛ばして走ったものの、9時半までにいけばいいと思っていたので、最初は割と気分は落ち着いていた。

それが変わったのは阿賀野川を越えた8時20分過ぎ。ルートメモにあった目印の川の記述を勘違いして、本来より大幅に手前で左折してしまったのだ。

当然のことながらどこを見渡しても免許センターの看板は見当たらず、僕は方角も曖昧になり迷走した。普段は携帯が固定電話と化している僕もこのときばかりはGPSケータイがあれば!と思わずにはいられなかった。そして途中で道を尋ねつつ、新潟東港までさまよい行ったところで、とうとう免許センターの看板を発見。そこからも少し迷いつつも、9時15分ごろ目的地にようやくたどり着いた。

紆余曲折があっただけに達成感を感じずにはいられなかったが、意気揚々としてセンターに入り受付へ行くと、その気持ちは一気に衰えた。なんと、9時で受付は終わったのだという。

ご存知でなかったですかと訊かれ、前に来たときと同じ紙を手渡された。よく見ると下のほうに、受付時間午前8時半〜9時という記述が・・・。ここまでしっかり熟読していなかったのは完全なミスだった。9時までということは出発時点ですでに手遅れだったのだ。寝過ごしたことは大きな痛手となってしまった。

一度ならず二度までも失敗したことに多少ショックは受けたが、このとき僕は案外冷静だった。午後にももう一度チャンスがあると言われしばし考える。

来週また出直すと大変だし、何より同じ講義を二度も休むのはマズい。かといってほかの日にもできない。4、5限を休むことになる(特に4限は出席を取るのでやや痛い)が仕方ない、今日中に済ませてしまおう・・・。

十数秒後には、ここに留まって1時からの午後の受付に出ようと決意したのだった。

さてここで新たに問題が生じることになった。1時まで何をしていようかという問題だ。こんな事態は出発時は予期していなかったので、時間をつぶすのに有効なものは何もなかった。いやiPodと携帯はあったが、音楽を聴くだけで何時間も過ごすのはそれはそれでつらいし、携帯だってネットは金がかかるからむやみには出来ないし面白いアプリが入ってるわけでもない。だから有効な手段ではなかった。

中は混んでたので外に出てしばらく外で携帯を構ってみたがそれでも10時前にはやることがなくなってしまった。

ぼーとしていてもしょうがないので、とりあえずコンビニに行くことにした。

近くにセブンイレブンがあったのでそこで食べ物とファミ通などを購入。出発前にはご飯をおにぎり一個分くらい口に入れただけで、道中も何も口にしていなかったのでかなり空腹になっていた。

偶然にもセンターの脇には公園があって、幸い誰もいなかったので、その後1時間ちょっとはそこで早めの昼食を取った後ファミ通を読んで、爽やかな風を受けつつぼんやりとして、しばしの幸福感に浸った。

しかしそんなことでいつまでも時間はつぶせなかった。ファミ通を読み終えるとやることがなくなり、手持ち無沙汰になったのだ。

そこで適当にそこらへんを走ってみることを考えた。

だが、実際行動に移してみると、周囲が工業団地みたいな感じになっていて全く面白くない。コンビニでゴミを捨てただけですぐに引き返すはめになった。

そでからの1時間ちょっとはセンター庁舎内でイスに座っていたが、テレビがついているせいで音楽を聴こうにもよく聞こえず、テレビも面白くなく、無駄にストレスが溜まった。やることに不足するあまり、ファミ通の普段読まない記事に目を通すとか、アンケートはがきを書くなんてことまでした。

そんなことをしてうだうだしていた0時45分ごろ、不意に受付窓口が開いて受付を開始するというアナウンスが流れた。予定より早いが、いいのかな?と少し迷いつつ、僕はもう一度一階の窓口で手続きについてどうすればいいか尋ね、そこでの指示に従って2階へ行った。

そこで更に誘導を受けて、受験係とかいう所へ。ここからようやく手続きが進み始めた。

失効した免許とか住民票を見せると、あーうっかり失効かーと言われ受付のおじさんは笑った。書類を見ると「うっかり」のハンコが。これには驚いた。親切な方で、書面の記入方法などについて丁寧に指導をしてくれたので、僕の緊張はほぐれた。最終的に紙を5枚渡され、それを書いたらあっちでお金を払ってね、と言われた。

慎重に記入を済ませると今後はお金を支払う窓口へ。そこで再交付の手続きにかかるお金+地元の交通安全協会への納付金=6400円を支払った。納付金は前にも払った気がしたのでどうしようかと一瞬迷ったが、払いすぎて悪いものでもあるまいと思って払っておいた。(あとで領収書を見て気付いたが、このお金は一回払ったらおしまいではなく、2年分でしかないので別に余計に払ったわけではなかった。)

そこで更に次の窓口を指定され、これで最後かなと思って勇んでそこへ向かうと、ちょっとしたハプニングに遭遇した。用意していた写真が受付で拒否られてしまったのだ。どうやら写っている顔が小さすぎたらしい。アパートの部屋で自分で撮影して、セブンで印刷したのだったが、やはり200円の安物ではダメだったか。学生証はよくても免許はそうはいかないものらしい。結構気に入っていた写真だったので残念ではあったのだが、まあ予想していた事態でもあったので、それほどへこたれはしなかった。

そこでまたさっきの窓口に戻って写真を取り直した。800円。予備で一枚もらったから一枚400円。高いが写真が必要なことなんてほとんどないからまあいいか。

そこ写真を使って書類はようやく次の窓口へ行くことができた。

次が最後だったが、その途中には視力検査が待っていた。右目で一度ミスジャッジしたものの、両目でカバーしてすんなりOK。

一番奥の窓口で書類を手渡すと、イスでしばらく待っているようにと言われた。

10分後、ぼーっとしていたせいで2回目に名前を呼ばれて気付いて慌てて窓口へ行くと、写真をもう一度撮らされた。そして、下の講習室で話を聞いて来いといわれ、札を渡された。その札には「失効」の文字が。それを以って、手続きは完了とのこと。

階段を下りてその講習室へ行くと、すでに20人くらいが席に座っていた。約5分後、講習開始。どうやら他の人はみんな自動車の免許の更新っぽかった。講習はパワーポイントのスライドとビデオを中心に進められたが、その内容も自動車免許向けのものだった。車学でもよく聞いたような話が中心だったが、新潟県のドライバーのシートベルト着用率が89.5%で全国最下位だっていう話が初耳で一番印象に残った。あとは交通事故死者数が去年大幅に減ったことを、「非常にいい」と行ってたのがちょっと引っかかった。死者数が減るのはマシになったとはいえるが、それでも小さな町が一つ消えるくらいの人が全国で亡くなってるんだから、いいことではないだろ、って思ったり。とにかく「自動車(二輪等含む)なんて乗らないことが一番だね」と確信した。

休憩を挟んで2時間で講習は終了。最後に免許が順番に配布され、僕はその中でも一番最後に受け取った。他の人は以前の免許をそこで提出していたが、僕はその前の受付の途中で取り上げられてたので、「失効」の札と引き換えになった。免許の写真は2度目に撮られたもの。意識して水平にしようとしたものの肩が左右非対称になってしまったのと、髪形が変なので、見た瞬間アチャーと思ってしまった。これは人に見せられないわ、って思ったけど、よく考えたらそんな顔をぶら下げて今日一日過ごしてたわけで、ちょっと恥ずかしくなった。まあキモメンなのは自覚してるからどうでもいいけどさ。

ということで3時42分に庁舎を出て、すぐにアパートへ向け出発。何とか2時間以内に帰ろうと、日差しが暑い中をかっ飛ばした。最初以外は概ね当初予定していたルートをたどることができたが、そこで改めて自分がいかに頓珍漢なところを走っていたかを思い知った。回り道したせいで余計に走った距離は5、6キロ、無駄にした時間は15分ほどだと走りながら算出した。が、このときは知っていたコースも最短より2キロほどオーバーしていたので、もしかしたら正規ルートをたどっていれば9時に間に合っていたかもしれない、なんて考えたりもした。まあ後の祭りと言うやつだ。帰路が後半に近づくにつれて段々走るのが面倒くさくなってきた。長距離で同じ道を行き来するのはやっぱり精神的に負担となるようだ、以後気をつけたいと思った。

最後にほかほか亭で弁当を購入し、大学を通り抜けて(遠くまで行って戻ってくると見慣れた景色も違ったものに見えるから不思議だ)日が沈む前にアパートへ帰還。時刻は5時43分。免許センターを出てちょうど二時間ほど経っていた。弁当を買っていた時間を除けば1時間55分ほど。距離は往復で約80キロだった。これで「一月に一回、一日で70キロ以上走るサイクリングをする」という今年度のノルマは達成したが、これからはテスト勉強で忙しくなるし、平日にサボってこんなことをするのももう御免なので、次回のサイクリングは夏休みまで待たねばならないだろう。今回はそれほど疲れなかったので前回のように銭湯にも行かなかった。いや、シャワーを浴びて食事を取った後に食べたアイスが非常に美味しかったから、疲れが吹っ飛んだのかもしれないな。とにかくこうして長い一日がようやく終わったのだった。



そういえば「車の免許取るつもりだったんですが結局取らなかったんです」、という失効の言い訳を用意していたものの結局これは使わなかったな。ま、どうでもいいか。

変わることはいけないことか? 

昨日AmazonでWii版バイオ4のページを見ていたら、あるレビューに目がとまった。

バイオ4はシステムが以前とは変わりすぎて、もはやバイオじゃない・・・そんな意見だった。

確かにその気持ちはよくわかる。

僕も最初にドラクエ8の画面写真を見たときはそんなことを思ったものだった。

ドラクエのキャラは二頭身で、フィールドは記号でなくちゃならないんだ!ドラクエはグラフィックに拘らないんだ!こんなのはドラクエじゃない!!、ってね。

だけど、時間がたち、詳しい情報を得るにつれて考えは徐々に変わっていった。そして発売を間近に控えたころには、ある結論に至った。

殻にこもって伝統にこだわることも大事
しかしその外に新たな面白さが広がっているなら、
時にはそれを打ち破ることも大事

そのように、ドラクエ8を肯定できるようになっていた。

そうして素直なまなざしを持って、実際プレイしてみると、美しく鮮やかで生き生きとしたどこまでも広がっているフィールド、駆けるだけで楽しく、見渡すだけで気持ちいい世界に、僕はすぐに引き込まれた。手触りと臨場感のある冒険に夢中になった。そして、この素晴らしい世界を作るために、ドラクエが変わることは必須だったし、それは正しいことだったと強く実感した。それは今でもはっきり覚えている。

バイオ4にも同じことが言えると思う。

バイオ4は素晴らしい面白さ、魅力を有している。そしてそれを得るためには、フルモデルチェンジが必要だった。

僕はゲームの本質とは、面白さだと考えている。

グラフィックだけがいくら精細で美麗でも、音楽がいくら壮大でも、それらが面白さ、快感に結びついていなければ、価値は無きに等しくなる。

逆に言えば、面白いと感じられるなら、グラフィックや音源はシンプルでも僕は全く構わないし、PS3が登場した現在でも、ファミコンのソフトに名作と呼ばれ親しまれているものがあるのも、それらが本質的な面白さを有しているからに他ならない。

だから、続編であろうと、本質的な面白さが向上するなら、あるいは新たな面白さを開拓できるなら、大きく変わっても別にいいではないか、と僕は言いたい。

かつての僕のように、同じ一つのシリーズとして大きく変わらないことを望む人もいるだろう。だが、それならば、変わることが認められないのならば、続編をプレイせずに過去の作品をプレイし続ければいいだけの事だ。プレイしてみて面白くなかったなら当然話は別だが、ただ変わってしまったというだけで非難するのは如何なものか。

伝統はただ守っていくだけでは後世に伝えていくことは出来ない。取り入れるべきものは取り入れて、よりよくしていってこそ、いつまでも人々に愛され続けることが出来るのだ。

続編だからと色眼鏡をかけて判断してはならない。

能動的に情報を集めて、「面白そう」と思えるかどうか。実際にプレイしてみて、「面白さ」を感じるかどうか。

それぞれのゲームの価値は、そこで決められるべきだと思う。

バイオ4の乱発 

一昨日、バイオハザード4 Wiiエディションというのが発売された。

Wii用に操作が色々と変更されているが、どうやら内容的にはPS2版で追加された要素を継承しているらしい。

バイオ4はPS2版を散々プレイしつくしたので、これを即効で購入する気にはちょっとなれない(っていうかWii持ってないし)。

だが、Wiiリモコンによる直感的な操作方法はガンシューティングに打ってつけのものであり、このゲームによりマッチしたものであるのは間違いないので、また新たな快感を得ることが出来るのは確かだろう。

5040円(税込)という良心的な価格設定なので、夏休みに入って少し余裕が出来たら買ってみたい気はする。

さて内容についてはともかくとして、今話題にしたいのはバイオ4が乱発されているということだ。

最初にGC版が発売されたのが05年1月27日。

その発売前にPS2版の発売が発表されてバイオのGC独占供給が事実上終わりを告げたのだが、それが発売されたのが同年12月1日。

そしてWii版の発売が07年5月31日。

今日知ったが、6月7日にはPC版まで発売されるという。

つまりこの2年半あまりの間にハードと内容を変えて、4回も発売されることになるのだ。

いくらバイオ4が名作とはいえ、やや乱発しすぎなのではないかと思ってしまう。

バイオ4のリメイクに費やしている時間があったら、バイオ5とか、Wiiで発売予定のバイオの番外編、アンブレラ・クロニクルズの製作を早く進めてくれよ!と、突っ込みたくなるのは、僕だけではないだろう。

まあ複数ハードで頻繁にリメイクするってのは、別にバイオ4に限ったことじゃなく、カプコンが今までよくやってきたことだ。例えばバイオ2はPSがオリジナルだが、N64・DC・GC・PCと多機種に移植されている上、デュアルショックバージョンとしてPSで再発売されてもいる。

色々な機種で発売されることは確かに、より多くの人がプレイできることにつながるとは言えるし、移植版は大抵廉価なので、入手のしやすさにも貢献するだろう。

しかし過去の作品の移植よりも、新作の製作が重視されなければ、ゲーム業界が今後も発展していくのは難しい。

移植というのは、オリジナルの発売からある程度時間がたってから、人々がそのタイトルを忘れかけたころに発売して、またプレイ欲を喚起するような形で行われるのが一番いいだろう、というのが僕の意見だ。

そういうわけだから、発売から10年以上たってるドラクエ6を、そろそろDSか何かに移植してもいいんじゃないですか?スクエニさん?